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椎葉村ってどんなとこ?

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椎葉村の不思議な力

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椎葉村は日本の原風景

椎葉村は宮崎県内陸部の九州山地、耳川上流部の源流域に位置します。村としては日本第5位の広大な面積を有し、その約96%が森林で占められる緑豊かな村です。

四季の移ろいの中で見せる様々な自然の美しさや人々の営みは日本の原風景が感じられます。椎葉村では古くから、農作業をお互いで助け合う「かてーり」という相互扶助の精神があり、こうした絆が田畑や森林、文化を守っている礎となっています。

本村は国の重要無形民俗文化財である椎葉神楽が伝承されており、また、平家の落人伝説の地でもあります。その地理的特徴・民俗的特徴から日本三大秘境の一つに数えられ、毎年11月には『椎葉平家まつり』が開かれるなど、今なお伝承文化が息づく村です。

椎葉村の棚田・風景

仙人の棚田、それは普通の人が作った絶景

椎葉のマチュピチュとも呼ばれる棚田の景色、それは仙人が不思議な力を使って作ったわけではありません。下松尾地区の人たちが積み重ねてきた努力の景色。たくましく生きる私たち人間と母なる地球の壮大なドラマを眼下に見下ろすことができます。
椎葉の人々
椎葉村の春

庭先の梅、いたるところに山桜、つつじ、シャクナゲ、菜の花、レンゲ。山々が一斉に新緑に燃え始める頃、命あふれる季節の椎葉。
椎葉村の夏

村中が深い緑に包まれる頃、山では焼き畑の煙が上がり、川には釣り人、水遊びの子どもたち。朝晩はひんやり涼しく爽やかな、避暑地の椎葉。
椎葉村の秋

棚田の稲穂、畑の蕎麦、とうきび、小豆に椎茸、柿、栗…紅葉に染まる山では木の実を食べて猪が肥える。実りと祭りの季節、秋の椎葉。
椎葉村の冬

しんしんと冷える夜、煮しめと焼酎で体を温めながら神楽太鼓のリズムに身をゆだねる。山はひっそりと静まりかえる、清らかな椎名の冬。

地球に癒される

数百年を生きる八村杉の梢より、はるか高く天の川が輝く。 椎葉の星空は、ここが宇宙にむき出しであることを感じさせてくれます。
満天の星空

椎葉村の観光・文化・祭

椎葉厳島神社

椎葉厳島神社

椎葉の街並みを見下ろす丘陵に鎮座する椎葉厳島神社は、丘陵を覆う緑と朱塗りの神社のコントラストが美しいといわれています。ここは、市杵島姫命(イチキシマヒメノミコト)を祀っていますが、市杵島姫命といえば海の女神、航海安全の神です。また、厳島神社といえば、安芸(広島県)のものが平清盛が守護神として崇敬した社として非常に有名です。なぜ、海神に縁のないはずの山深い椎葉に厳島神社があるのか。椎葉では、壇ノ浦の戦いで敗れた平家追討軍の源氏の大将、那須大八郎宗久が椎葉山中で細々と暮らす哀れな平家一族の姿を目にし、安芸の宮島にある厳島神社の守護神を勧請し建立したと伝わっています。そうした大八郎の姿が、椎葉に逃れた平家一行の中にいた平清盛の末裔とされる鶴富姫の心を打ち、源平決して相容れぬ間に生まれた恋物語として今に伝わっているのかもしれません。
鶴富屋敷

鶴富屋敷

那須大八郎宗久と鶴富姫の悲恋の舞台ともなった場所。敷地内には、鶴富姫のお墓や鶴富姫が朝夕化粧に使用したとされる「化粧の水」があります。正式には那須家住宅といい、建物は藤原期の寝殿造りで、大きく太い材料を使用しているところが椎葉独特の型式といわれています。また、一列型平面型式を有し、家屋前面に縁を横一列に長く配置するなど、平地が少なく傾斜をうまく利用するために考えられた知恵といえます。現在ある建物の建立は、明確な資料は残っていないものの、その建築技術から約300年ほど前といわれています。昭和31年に国の重要文化財に指定されました。
椎葉民俗芸能博物館

椎葉民俗芸能博物館

椎葉村に受け継がれてきた儀礼、慣習、民俗文化を紹介した博物館で平成9年4月に開館しました。地上4階、地下1階で昔の村の民家風の造りです。平家落人伝説や村の季節行事、村内に伝わる神楽等を写真や民具、祭礼具の展示を通して紹介しています。また、九州やアジアの民俗芸能についても幅広く紹介しています。
平家まつり 平家まつり
椎葉神楽 椎葉神楽

椎葉村は今本村への移住・定住に力を入れています

今、過疎や高齢化の波にのまれ、素晴らしい田園風景や伝統文化、人の営みといった古くから築きあげられてきたものが日本各地で失われつつあります。こうした状況に対し、椎葉村は、まち・ひと・しごと創生法に基づき、椎葉村が将来に向けて世界に誇れる「日本の美しい村」でありつづけるために、人口減少が進む社会情勢を踏まえ、長期的な基本方針と短期的な具体的施策を行っています。

都会に住むことに疲れ、以下のような様々な悩みをお持ちの方はいませんか?

  • 人間関係に疲れた
  • 精神的ダメージを受けやすい
  • 治安が悪くなってきている
  • 家賃が高い
  • 手に届くところに欲しいものがあるので、節約できない
  • 空気が汚れている

もしこの様な事で悩み、生き方を見直したいと思われてる方、あくせくした都会を離れ目の前の景色を変え、大自然の中で心も体も輝かせる。椎葉村でのスローライフが人生を大きく変えると思います。おいしい空気、おいしい水、自然な食事。良い生活習慣は心も体も健康へと導きます。もしかしたら心療内科やアトピー体質ともさよなら出来るかもしれないそんな暮らしをご紹介することで、あなたの力になりたいと思っています。

椎葉村をもっと詳しくお知りになりたい方、こちらをご覧ください。様々な体験ツアーなども開催されています。  椎葉村ホームページ  椎葉村観光協会

観光大使より一言

皆さん、こんなお話ご存知ですか?

今から830年ほど前、源氏と平家が壇ノ浦で戦い平家は滅亡。その後平家の残党のある一行が、椎葉村に入ります。源頼朝は源氏の大将那須大八郎に追討を命じます。ところが平清盛の孫娘鶴富姫と恋仲になり一子をもうけます。しかし命令により大八郎は国に戻り、残され母となった鶴富姫はその子を大切に育て、その子が成長すると婿を取り、愛してやまない大八郎の「那須」の姓を名乗らせたといいます。現在も平家の「椎葉」性、源氏方の「那須」性が約40%を占め、敵と味方が仲良く暮らした村として、「椎葉村」は語り継がれています。

”源平合戦後の落人たちの知らぜらる世界”。流行りのアニメになるといいですね!

日本の歴史を振り返っても分かるように、真に価値のあるものに、美しいものに時代は必ず追いついてきます。歴史の評価に堪えうる強さがあるからです。今も平家と源氏の末裔が文化を伝え、住み着く椎葉村。歴史の表舞台に立つことはありませんでしたが、伝説の村はこれからも生き続けると信じます。

椎葉村の紹介(英語版)

Shiiba-son is located in Northwest Miyazaki.
The population of Shiiba-son is about 2,500. It is a very green village that is about 96% forest, and it is known as one of Japan 3 biggest unexplored regions.

The are some history and culture handed down including a noh dance and the slash-and-burn agriculture with Shiiba-son commencing with Heike legend.

It is introduced about Heike legend here.

The Heike samurais escaped a losing battle against The Genji samurais in Dnnoura about 800 years ago, and it was Shiiba deep in the mountain that the remnants of Heike finally arrived.
A commander-in-chief of Genji, Daihachi who is a younger brother of Nasu-No-Yoichi, did it for a hunt afterwards.
Indifferent Heike which fought became a farmer then.
A grandchild of Kiyomori Taira and Daihachi of Nasu became the love relationship.
A girl was born among two people afterwards.
The girl was named “a princess of Tsurutomi.”
Daihachi of Nasu returned to Kamakura afterwards.
A princess Tsurutomi gives family name of Nasu.

There are a descendant (Nasu) of Genji, a descendant (Shiiba) of Heike in the village and, in the background of such a history, is said to be it when it is the ancestors of people of the current village.

As a dialect of Shiiba-son samurai family words and court noble words still remain.
As the village where an enemy and a friend lived in peacefully, Shiiba-son is handed down in Japan and continues up to the present day.
The song which was created based on the above anecdote is “Hietsukibushi,” the most famous folk song in Miyazaki Prefecture.

翻訳:

椎葉村は宮崎県北西部に位置しています。
人口は約2500人で、土地の約96%が森林で、で占められる緑豊かな村で、日本三大秘境として知られています。

椎葉村には平家伝説をはじめ、神楽や焼畑農業など伝承された歴史、文化があります。

ここでは平家伝説を紹介します。

およそ800年前、壇ノ浦の合戦の敗れた平家の武士たち、追っ手を逃れて平家の残党が八日区たどり着いたのが山深き椎葉でした。
その後、源氏の総大将、那須の与一の弟、大八が追討にやってきました。
戦う気のない平家は農民となりました。
平清盛の孫と、那須の大八が恋仲になりました。
その後、二人の間に女の子が生まれました。
その女の子の名前を、「鶴豊姫」と名付けました。
その後、那須の大八は鎌倉へ帰りました。
鶴富姫は那須の姓を名乗ります。

こうした歴史の背景に、村には源氏の子孫(那須)、平家の子孫(椎葉)が存在し、現在の村の人たちのルーツだといわれています。

今も椎葉村の方言として、武家言葉や公家言葉が残っています。
敵と味方が仲良く暮らした村として、椎葉村は日本中に語り継がれ、現在に至っております。
この一連の逸話を謡ったものが、宮崎県の代表的民謡「ひえつき節」です。

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