信用と信頼
私のブログを読んでいるお友達から電話を貰った。
「かなこさん、息つく暇もないね。事業主はたいへんやと想うわ」
ある同級生は、小学校教員を退職し、心療内科にかよっている。
ある同級生は、職を失い地元のボランティアについている。
ある同級生は、子供さんを亡くされ、失意から立ち上がれないでいる。
ある同級生は、難病にかかっている.。
しかし、同級生は、何かで幸せを得ているに違いない。
最近は、こんなことを考えている。
私が死んだら。こんな人だったと、熱く語ってくれる人がたった一人
いてくれればいい。ただ、それだけで働いている。
私は、休みの日すら、働いてくれるスタッフのことを考えない日はない。
真面目なことが、仕事人間みたいな病人になってしまっているかもしれない。
もし、私が人に使われていたとしたら、
「もっと休みがほしい。給料が安い。」一番先に、文句ばかり言っている
のではないか?と、。
人間には、自分にしかわからない、「ものさし」を持っている。
今から、二十年前、一人当たりの給料は「今の倍」は支払った。
今度は、別の要求をしてきた。
ほとんどの人は、辞めていきました。
採用の時に、このように言ってくれた人に、ようやく出会えた。
「私打たれづらいですよ。」
「私、ちゃぶ台ひとつでいいです。」
この人たちは、今もさわやかに、ぶれないで働いてくれている。
みんなには、苦労かけてばかりいる。
みなさんは、どのような、ご自信の「ものさし」を
お持ちですか?
信用は目に見えるが、信頼は見えない。
目に見えないものに、「幸せやなあ。」
そういえるご自信でいたいね。
ブログに目を通していただいている経営者のみなさんも、理念を掲げたところで、
気の遠くなる現実ですよね。
一人を信頼して、「死ぬまであきらめないこと」
チャレンジして行きましょう。