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  • 椎葉村観光大使椎葉哉子の日記

    椎葉村観光大使
    椎葉工務店グループ創業者 椎葉かな子が
    椎葉村の事、日々の事柄、想いを綴ります

    「椎葉村の人たちのために」父からの言葉

    大正15年生の父は、終戦後の激動の人生に幕を閉じて旅立ってから早いもので7年が経ちました。

    「お前は、椎葉村の人たちにかわいがってもらってよかったなあ」
    天国から父の声が聞こえます。

    父は生前より、「かなこは、椎葉村の人達の役に立て!!」父が私に残した遺言でした。

    主人と結婚したころ父は50代、酒が入ると人が変わったように、
    「もう宮仕えはイヤだ!!」
    こういう荒れた父を、主人が優しく
    「お父さん、椎葉村に行きましょう」

    神戸港から、フェリーで椎葉村に行きました。
    椎葉村の人たちが、いきなり、お父さんに見せたいものがあると、那須大八手植えの杉や、鶴富屋敷、利根川集落に連れていってもらい、夜には、ひえつき節や踊りによるあたたかいおもてなし。

    人々の優しさに触れ、紀南育ちの父は、宮崎山奥のへき地で一生懸命に生きる人達に心を動かしたのでしょう。

    あれ以来、父は、地域のために尽くす優しい自慢の父になりました。

    私と父と二人だけになると「椎葉村の人たちに尽くしてくれ」と父はよく言いました。

    父の遺言のために、椎葉村のために何かをしたい!!
    そう思っていました。

    不思議にも父の死期が近づきこん睡状態に入ると椎葉村役場より突然のお電話が
    「かなこさん、椎葉村観光大使宜しく」と連絡を頂きました。

    自分の事が優先する世の中に、人とひとが助け合い歴史上、平家と源氏の敵と味方が仲良く暮らした村
    一夜で人のこころを変えてしまう、そんな日本の秘境椎葉村

    本当の幸せとはこころの中にあるんだ!!
    父は椎葉村にこんなことを気づかせてもらったのでしょう

    父が天国で見つめているであろうと思うと、二本の足で歩けるうちは
    一生懸命。椎葉村に尽くさなければと思うのです~

    和歌山の父

    椎葉村議会の人々

    椎葉村の人々1

    椎葉村の人々2

    
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